2026年3月11日水曜日

『Cちゃんのひとりごと』3・11のこと

東日本大震災から15年です。皆さんはあの日何をしていたか覚えていますか?今日は私があの日何をしていたかをつぶやいていきます。

2011年は一人暮らしではなく家族と暮らしていました。私は謎の体調不良で作業所を休んでいました。今思えば「行ったら自力で帰れなくなるぞ」と何かのお告げだったのかもしれません。お昼過ぎに近所に住んでいたおばさんといとこが家に来て、14時ごろは確かテレビを見てました。そしたらテレビから聞いたこのない音(緊急地震速報)が鳴り出し、驚いた直後に地震が発生。体感震度4か5くらいでした。いとことリビングの大きなテーブルの下に潜り込み揺れが収まるのを待ちました。

幸い大きな被害はなく、家族・親戚知り合い全員無事でしたが、母は職場の子供たちが心配で、家と職場を行ったり来たりしてバタバタしていました。
テレビで津波の映像を見た時は言葉を失いました。あの衝撃は今でも覚えているし忘れてはいけない感覚だと思います。
その後の生活では特にに困ることはなかったのですが、トイレットペーパが品薄になったり変なチェーンメールが大量に届いたりと異様な雰囲気でした。

電力要求のため計画停電もありました。(覚えている方います?)夜に地域一帯の電気が切れました。暗い中懐中電灯をたくさん用意して、母と弟たちとリビングでラジオを聞いたりカードゲームをしてました。電気が使えない不自由はありましたが結構楽しい夜でした。ただ結局あれはやった意味があったのか今でも謎です・・・

どろんこでも東北支援をしようと募金をしたり、昆布やのりなどの特産物を取り寄せて販売したこともあります。(のちに大失敗して販売中止に・・・)私たちに出来ることはほんの小さなことしかないけど、それも大きな力になることをのちに別の場所で知る事になります。そのお話はまた別の機会にでも・・・

時代は平成から令和へ。あの日のことを知らない人もいるかもしれないですね。こうして当時の出来事を文章に残すことも大切だと改めて思いました。

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